700段の階段に三度の挑戦
立木観音に登るは、三度目となる。一度目は、去年の夏頃だったか。意気揚々と登ったのだが、なんとまぁ突然の雷雨。一瞬でびしょ濡れになり、途中で下山。まだ来るべき時ではなかったとのこと。
二度目は、ボクの元カノと、はじめて会った日のこと。初回のデートが立木観音、700段の階段という、なかなかにげんなりされかねないデートだ。だけど、ここのデートがボクの中ではいまだに幸せな時間として、カラフルな思い出として、心に刻まれている。
そして、2人で登りきった。参拝を済まし、帰路。旧参道の存在を知り、そこを通ることにした。まさに山道。だけど、ゆるやかな山道を、2人で木々に囲まれ、木々のざわめきを聞きながら歩くのは、とても楽しかった。途中、開けた場所にたどり着いた。そこには木々のない小さな岩山になっていて、その岩山の向こうには景色が広がっていることが確認できた。
「登ってみますか?」彼女にそうたずねと、「はい」と言ってくれたので、少しの急勾配をなんとか登ると、空が少しだけ近づいた。
降りる時、急勾配が気になったボクは、何気なく手を差し伸べ、彼女はその手を握ってくれた。
降りてすぐに離したんだけど、やっぱり離したくはなかった。だけど、この時は付き合っていたわけじゃないからね。
それからまた山道をゆっくりと色んな会話をしながら歩いた。ただ、下山してから駐車場までの道のりは超絶長かった(笑
駐車場までの道すがら、歩き疲れたボクらは、川の土手に登り、そこに並んで座りながらお茶をした。
そこで2人で見上げた空は、まさにパノラマだった。碧い空、真白な雲、雄大な山、川のせせらぎ、優しい風に包まれて、あの時間がボクには忘れられないほど、心地よかった。
あの時、少し強い風吹いて、ボクらはその場を立ち去ったんだけど、あの風は、ボクの嘘を教えてくれたんだろうなと、今なら分かる。それについては、すでに気付きを得ていることなんだけど、書く機会があれば、いずれ書く。
長い道のりを経て、駐車場に着き、二度目の立木観音は無事参拝を終えた。
三度目の参拝
子どもが登りきれるとは、正直思っていなかった。まぁ、途中で下山しても仕方ないと思っていたのだけれど、彼らはやはり若い。二度目よりも圧倒的に早いスピードで登らされる、、、途中でボクがへばりそうだった。多分7〜9分で登りきったと思う。
彼らのペースに合わせたつもりはないけど、多分合わせていたのだろう。ただただ疲れてしまった。
さて、この700段というとても長い階段を登る間、ボクは自分の中に不要なものをすべて置きながら一段一段を歩みを進めた。
だから、お寺に着く頃には、グロッキー。そして、参拝を終えて、今度は下山だ。
下山のときには、先ほど置いた不要なものをすべて拾いながら。だって、不要だと言っても、これらもボクの一部だからね。
置いた不要なものたちは、もうさっきまでの汚れていた不要なものではない。参拝することで、それらの汚れは落とした。だから、ひとつひとつをまた拾う。それらを戻すことなないだろうけど、それらを捨てる時は、ボクがさらに成長するときだ。汚れていなければ、その中から本当のボクを見つけることは容易いだろう。
そして、無事下山。子どもたちには頭が下がる。いやはや、スゴイよ、お前ら。
参拝したお陰かどうかは分からないけれど、先ほどの記事に書いたように、勇気が不要になっていた自分に気付いたんだと思う。
立木観音は、悪縁を断ち切るってことで参拝者が多いらしいんだけど、ボクは本当の自分に会うために、また参拝しよと思う。
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