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彼氏と彼女

なぜ、人は彼氏彼女という関係にこだわるのか?無論ボクもこだわってしまうのだが、果たして口約束に過ぎない彼氏彼女という関係は必要なのだろうか?という疑問について、自分なりに思考を巡らせる。

彼氏と彼女

彼氏と彼女という関係を望む理由は簡単だ。自分の特別な人であるということを他者に対して明確にするため。

言葉、呼称、肩書きでしかないのだが、そういう特別な関係なのだということをアピールするために使っている。

そして、これは所有欲や独占欲がある故に起こる。それが悪いわけではない。そうしたくなるほどに、特別な存在なのだから。

だけど、ここを超越できないのかと、彼女にフラれた後、ボクはずっと考えていた。

フラれた当初のボクは、フラれて当然だったので、そこに到達するには自己変革が必要やと考えたわけなんだけど、なぜ、超越なんてよく分からないことを思ったのかというと、それはフラれた時の彼女の言葉が、そういう言葉だったからだ。

彼氏彼女という関係がしんどくさせてしまっていた。その原因はボクにあった。ボクが偽りの自分に気付かずに彼女を愛してしまったが故にだ。

この辺りは、過去記事に色々と書いているので、読み漁ってもらえれば幸い。

こうして、ボクのブログも始まったわけだ。

で、彼氏彼女を超越した関係ってのは何か?と考えても、答えはない。なぜなら、そんな関係を表す言葉をボクが知らないからだ。

例えば、結婚であれば、紙の上の契約を交わさずとも、事実婚、内縁という関係が成立している。

だけど、彼氏彼女にはそれがない。故に、ボクは適当に「心が繋がっている恋人」と定義しておくことにした。

ようは、お互いが好き同士であり、愛し合っており、尊重し合えている恋人であれば、彼氏彼女という関係性、呼び方は不要ではないか?と考えた。

とは言え、それをすんなり受け入れるのは難しい。だって、そんな関係は今までのボクの概念にはない。いや、純愛みたいな物語にはあるのかも知れないけれど、ボクは映画もドラマも観ないので、知らない。

だから、苦悩した。成長をしながらも、ずっと苦悩した。昨日まで苦悩していた。

実は、先程の定義は、「今」のボクが勝手に考えた後付けの定義だ。昨日までのボクには定義することはできなかった。

定義できたということは、ボクの中でその概念が成立したことを意味する。

つまり、ボクは今、彼氏彼女という関係性に捉われずに、心が繋がっている恋人という関係があるんだと気付け、そして、その為に努力をすればよかったんだと思っているしら努力してきて良かったと思ってもいる。

ただ、いくら心が繋がっていると分かっていても、恋人なので、相手も同じかどうかは肌で感じなければならないし、確信もしなければならない。

ボクの場合て言えば、口で確認してもいいんだけれど、愛の言葉は受け取ってきているし、愛を感じているから、そこに疑いの余地はない。

ただ、ボクには不安があったから、確信に至るのが怖かった。不安というのは、彼氏彼女という関係でないと怖いと思ってた自分がいたから感じるものだった。

ところが、今日それが消えた。

確信を持った。言葉だけの関係に安心を覚えたかったボクは、どこかに消えてしまった。

これからは、貴女の心とボクの心が繋がっていることを糧にして、ボクはさらに成長できる。もう一人じゃないんだと思えるこの心強さは、なによりも強い。

ボクと貴女は彼氏彼女ではなくても、それ以上の大切な存在として、確かに今目の前にいる。それでいいし、それがいい。

周りの目も気にしなくなってきた今、不思議な関係さえも不思議には思えなくなっていることが、不思議です(笑

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