日常であれば、こんな大層な思いを抱くことはないのだろうけど、この言葉の意味するところは意外と深い。もちろん、使い所にもよるが、この言葉が素敵だったんだなぁと思ったので、そのことについて記事にしてみる。
先日、女神ちゃんと東京に行った。
もちろん、用事があったんだけれど、空き時間もあったので行きたい場所も回ってみようということで、靖国神社に参拝した。
靖国神社といえば、大東亜戦争における英霊を祀る神社として色々と謂れもあるんだろうけど、そもそも国家のために殉難した人の霊を祀る神社として、明治時代に起源がある古い神社だそうだ。
国家のために殉難した人の英霊を祀るということで、その英霊は戊辰戦争から始まり、大東亜戦争までで246万6584柱を祀っているらしい。
そんな神社なわけだけど、とても大きな敷地で、しかもやたらとキレかったので、少々驚いた。
さて、冒頭の言葉と靖国参拝とどう関係するのかってことだけど、この神社に祀られている英霊というのは、国家のためにその命を落とした人たちのことを言う。
そして、彼らの多くが「自分(たち)が立ち上がらなければ、誰が立ち上がるのか。」という想いを抱いたんじゃないかと思うわけだ。
どういうことか?と言うと、この想いとは「日本をより良い国にしたい」という願いってことだ。
即ちそれは、未来を生きる日本人が、より明るい未来を生きて欲しいということだ。
彼らの今のために命を投げ出したわけではなく、現在を生きている僕たちが明るい今を生きられるようにと、そのために自らの命を使い、今の日本を作り上げたってこと。
そして、僕たちは、そんな彼らの想いの上に生きていられるということ。
だから、そんな英霊を祀っている靖国神社に参拝することは、過去に感謝することなんだと、僕はそう思う。
日本人ってのは、古くから先祖などを大切に思う民族だから、冒頭の言葉の意味も深い。
今は、個人主義のような時代になっているし、お墓参りなんかも足が遠のいてるどころか、先祖のお墓すら知らないって人も多いのかも知れない。でも、初詣なんかで神社に参ることはあるから、せめて先祖に感謝し、自分に感謝するみたいな考えだけでも持ち合わせられたらいいなぁと思う。
僕は、人の親だけど教育で大事なことってのは、受験のための勉強ではないとそう思っている。自分は受験しといてなんだけどもw
教養は必要だけど、日本人のこころみたいなのは、もっと積極的に教えるべきじゃないのかなぁ。
それって、大人になってから知るべきことではないと思う。
別に僕は日本人としてのアイデンティティみたいなのとかを育んでほしいと思ってるわけではなくて、こころの問題として、今を生きている自分に感謝できるって精神性がとても大事だと思うから、そこへの感謝を持てるように、日本人の精神性ってのはとても良い教育になると思うだけ。
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