彼は、幼き頃は敵だらけだったと思う。仲間もいただろうけど、群れることのない彼らは、幼き頃から自立した個体だった。
弱肉強食の世界で、彼は己の力だけで生き抜き、成長していく。
いつしか仲間の数も減り、自然淘汰の先でも彼は生きていた。
だけど、抗いようのない多種多様の巨大な力が存在することも確か。
ある時、彼は、その巨大な力によって自分の棲む広く大きな世界から、小さな世界へと移住させられることとなった。
だけど、その世界は平和だった。
彼を脅かす存在もいなかった。
ただただ平和な時間が流れていく。
彼は小さな世界を彷徨った。
仲間はいないが、同じように小さな世界で生きているモノたちはいた。
彼らも敵ではないが、彼の力にも及ばぬほど脆く弱い存在だった。
だが、敵でもない彼らに危害を加える気もなかった。
ある日、彼は小さな世界から抜け出す方法を見つけた。
もしかしたら、その先に元いた世界があるのかも知れない。そうでなかったとしても、この小さな世界の外の世界を見たい。そう考えたのかも知れない。
いずれにしても、彼は小さな世界を抜け出すことにした。
だけど、小さな世界は一度抜け出すと自力では戻れなかった。かの巨大な力が働かない限り、戻ることは叶わない場所にその世界はあった。
飛び出した世界は、広い。ただ広いだけだった。彼の元いた世界に比べれば、微塵ほどの広さではあるが、小さな世界よりは広かった。
でも、その世界は彼の棲む世界とは違いすぎた。
環境があまりにも違いすぎた。
食べるものも見つけられない。水分さえもない。
彼は時間と共に命が削られていると感じていた。
この世界で、自分は生きられない。
力尽きかける命の中でも彼は彷徨った。
そして、彼はある場所へたどり着く。
その場所も外の世界だけれど、そこからは、彼が生まれ育った世界と同じような空が見えた。
同じように太陽が降り注いでいた。
彼はそこで陽の光を浴びながら、動かなくなった。
彼の体は干からびていった。
そして、遠のく意識の中で彼は思った。
自分のことを、そして世界のことを知らなさ過ぎた。と。。。
水槽から脱走したカニ
彼とはカニのことでした。
カニってのは、どうも脱走癖がある。
久しぶりに帰って来た実家の水槽を見たら、カニがいなかった。
大体、エサを入れたら隠れ家から出てくるのに、出てこなかった。
かと言って、水槽内で死んでいたとしたら、分かるが、どこにも見当たらない。
そんなカニが、部屋の窓辺で干からびていた。
その姿を見て、ボクは思うわけだ。
なぜ逃げたのか?
水のない世界で生きられるはずもないのに。
もちろん、カニにそんなことは分からないし、水槽の外に水がないとも思わないだろうし。
さらに、水槽で飼うというエゴが彼を殺したことにも胸が痛む。
「生きる」という本能だけで動物を見るのであれば、水槽の中は天国に近いとも考えられる。
敵もおらず、エサももらえる。繁殖までは保証できないが、生きながらえることはできる。
だけど、カニは逃げた。
カニには魚にない「脚」があるから、自由度も高い。泳ぐことはできなくても、登ることができる。
無知なのに、能力があるが故に、カニは夢を見たのかも知れない。
己を知ることは大切だ。
己を知れば、足ることを知るし、拡張も成長もできる。
カニを見て、ボクは自問自答の大切さを改めて感じた。
まるで哲学者みたいだ。
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