溢れて止まらない泪の理由も分からずに、宗司はただ「あぁ、オレは死んだんやな」と、心の中で何かが吹っ切れた感覚を知った。
だけど、本当に死にたいわけではなかったし、死ぬ勇気もなかった。ただ、この世から自分がいなくなれば、これ以上の迷惑はかけずに済む。宗司はそう思ったのだ。
家に帰ることはできない。その頃は怒らせてばかりで、ほとんど目も合わせてくれないけど、愛していた妻の元へも、そして愛してやまない子どもたちの元へも帰ることはできない。助ける側のボクが、彼らに救けを求めることはできないし、壊れた自分を見せることもできない。
宗司は、その夜、自宅の裏にあった空き地に車とめて、車内にiPhoneを置き、旅行に持って行っていた着替えと、ほとんどお金のない財布だけを持って、車と家の鍵を自宅のポストに返した。もう取ることはできないし、後戻りもできない。インターホンを押すことができれば、明日からも同様の日々は続いただろうけど、彼の中でそれはもう描くことも歩むこともできない明日だった。
ふと振り返った時、和室から漏れる子どもたちの笑い声と灯りに、泪が溢れた。
「あぁ、オレはこの幸せを捨ててでも、自分の今から逃げへんかったら、明日を生きることもできひんねやな」そう思うと、申し訳なくて仕方なかった。
かと言って、宗司に明日を生きたいと思う気力があったわけでない。死にたくはないし、死のうとも思っていないが、すぐにお金は底をつく。そうなれば、待つのは死だから、その死は受け入れようと、ただそれだけを考えていた。そして、その先には解放があると思っていた。
生への執着もあるくせに、死を望む。これは、経験したことのない人には分かるはずもないが、その時の宗司にとってはこれ以外の選択肢はなかった。
後には戻れない状況で自宅を後にした宗司だが、神様がそれをおいそれと許すはずもなかったのだろう。
寝る場所もない宗司は、琵琶湖のほとりにあるベンチで夜を過ごそうと考えていた。滋賀県とは言え、琵琶湖までも徒歩なら最短で30分以上、ベンチのある場所となると、さらにかかる。だけど、そこ以外に思いつく場所もあろうはずもなく、宗司はただただ歩き続けた。
結局、1時間かけてたどり着いたベンチ。宗司は、不思議と安堵して横になった。横になり、空を見上げた。
夏の夜。夜空には満天の星空が、、、と思ったが、そうではなかった。空には夜でも分かるほどに、暗雲が立ち込めていた。これは一雨来る。絶対にすぐ雨が降る。そう直感できるほどの濃い雲だった。
そして、その予想は的中する。やはり、神様がおいそれと許す行為ではなかったのだ。
宗司は、「風邪をひいて、それが原因で死ぬのだけは嫌だ」と謎のこだわりを持って、その場からすぐに避難した。だけど、無情にも雨は降りだし、雨脚は強く、またたく間に土砂降りとなった。
まるで、先ほどまでの宗司の泪を再現するかのように、天は泪を流したのだった。続く〜。
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